■Diary
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■ 2004.Jul.18〜2004.Jul.24 ■
july
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Sun 18 Jul.2004
 午前中はもの凄い雷雨があった。福井市でも豪雨だったらしく、市内を流れる足羽川が氾濫して浸水の被害。
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Mon 19 Jul.2004
 久しぶりに連休を楽しむことができた。でも昨日は、幸平さんのお見舞いにお邪魔したし、今日は夕方から、ちょいお出かけモードをしたから、のんびりできてたわけでもない。休みモードしたと云っても、TVの前でゴロゴロとしていただけの、まったくの嫌われ親父モード。おかげで(意味不明?)、ふだん観ることができないTVドラマや高校野球の岐阜予選を観ることができたのが収穫。TVを観ていて、もう見たくもないのが、あのJ家族の映像。なんで、あんなに話題にするの?とおもう。それに、飛行機もチャータ便を用意する鄭重ぶり。いちばん云いたいのは、もとはと云えば脱走兵なんでしょ。軍法としては、敵前逃亡・脱走の罪はもっとも重い罪のはずなんだから、司法取引などの手引きを日本の政府が率先してやるべきことではない…とおもう。シンガポール市にいるときに、なんでアメリカは逮捕に動かないのか。日本に来たときも、間髪を入れずにアメリカ軍が逮捕のため急襲すればいいじゃない。このことを、誰も云わない。はっきりと云える人物がいたとしても、その発言は人道的に反するとか・拉致家族のコトバの括りで曖昧な扱いになってしまう。政治の世界のみならずなんの世界でも、イメージの統一がされ、その枠から外れた意見は、異端者になってしまう世相があるんじゃないのかな…。 top

Tue 20 Jul.2004
 今日からほとんどの小中高生は夏休みに入った。夏休みになった日、東京では39.5℃の最高気温を記録した。しかし、ナンなんでしょうね、東京で何かある?たびに大騒ぎするようにニュースになってしまうのは?ちょいとヘンとおもう。台風が東京方面に向かっていると、とたんに大騒ぎになる。都内で、最高気温が39℃にもなると大騒ぎになる。これが、岐阜市で39℃になったらどうだろうか?…とおもう。

閑話休題。メインバンクのインタネット・バンキングを利用するようになって便利になったことは、前に書いた。この便利なコンテンツが使えなくなってしまった。ログイン・パスワードを誤入力してしまって、ログインできなくなってしまったからだ。なんと、お粗末なおはなし。こうまで、セキュリティがしっかりしていたことに、改めて感心することしきり。もう一度、ホスト・コンピュータへの再申請が必要とのことで、再びこのサービスを利用できるのは、約1週間後とのこと。20日前後の重要なデータが入手できない状態に陥ってしまっていて、困ったちゃん。これも自業自得なことだけに、半ば諦めモード。申請するのは、当該取引支店で書面で申請するのだけど、担当者がどこまで信用できるのか?疑問におもうことがある。インタネットの世界で、どれだけセキュリティが確立されていても、最終手続きはヒトとヒトとのデータの交換なわけで、相対するヒトを信用するしかない。そのヒトとは、ほとんど初対面なわけで、重要なパスワードなどを書面に残すわけだし、第三者も見ようとおもえば盗み見ることだってできるわけでしょう。ん?そこまで疑っていたら、ナンにもできないよ…の声も聞こえてきそうだネ。
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Wed 21 Jul.2004
 連日の猛暑。まだ、7月なのに…。まだまだ続くのだろうな、8月もあるんだし。朝は、6時ころになると、もう朝陽が射し込んでくるし、夜はなかなか寝付けないしで、寝不足の毎日だ。今週末には、またも遠出お出かけモードだけに、もう少し休養もとっておきたいのだが…。
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Thu 22 Jul.2004
 まったく暑い。35℃を超える気温がつづいている。

閑話休題。名鉄が岐阜市内外の路面電車を廃止にする方針をうけて、岐阜市はそれを存続するかどうかの判断に迫られていたが、結局廃止を決定した。市内線、美濃町線、揖斐線、田神線と、真っ赤な車体の電車は、ボクが小さかったころからにはもう走っていたので、長い歴史がある。ときには、交通渋滞の元凶とも云われていたときもあった。また、電車は、地球環境に優しい交通手段として、もう一度見直されてもいる。電車の撤退は、岐阜市内の交通移動手段が根本的に変わってしまうようだ。先日の三連休の中日に、市内中心部まで車を走らせたけれど、まったく渋滞していない柳ヶ瀬界隈だった。市内中心部の昼夜を問わずの過疎化は、確実に進んでいるようだ。
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Fri 23 Jul.2004
 遠出お出かけモード。早朝の運転は、冷房も必要とせず、気持ちがいい。 top

Sat 24 Jul.2004
 水害があった地方へのお出かけモード。被害にあわれた家の方には、お気の毒としか云いようがない。被害はおもわぬ甚大のようだ。幹線道路は、泥水がつかったのが乾いたのだろう。茶色い泥の色の道になっていたし、その埃が舞いあがっていた。驚いたことは、ボランティアの人たちの数が予想以上に多いことだ。実際、得意先の方が、今日はボランティアに行っている…とおはなしされていた。阪神大震災と日本海の重油流出事故以来、ボランティアの精神は脈々と活きているらしい。 top



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